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2016.03.22
Interview

「目指すは2部昇格」ー 三浦新監督就任インタビュー


 今シーズン、東京都社会人サッカーリーグ3部から2部への昇格を目指すCITYは、設立以来初めて外部から指導者を招聘した。三浦行広新監督である。イギリス・ロンドンでFAコーチングライセンスを取得し、海外クラブのスクールやJクラブのフロントでスタッフを務めた三浦氏の経験は、オン・ザ・ピッチのみならず、オフ・ザ・ピッチでも間違いなくCITYにとって大きなものになるだろう。開幕を目前に控え、今回は三浦氏の経歴、監督オファーを引き受けた理由、そして今後の目標について聞いた。


三浦行広(みうらゆきひろ)。1975年10月3日生まれ。岩手県大船渡市出身。地元の名門・大船渡高校を経て東北大学サッカー部でプレー。大学卒業後は大手金融機関に就職し十数年勤務するも、サッカー界への転身を志し退職。その後、単身渡英しロンドンにてFAコーチングライセンスを取得すると、海外クラブチームのスクールスタッフコーチやJクラブのフロントスタッフを歴任した。現在は再び金融機関で働きながら、スポーツ界の経営者を育成するプロジェクトである「Jリーグヒューマンキャピタル」の講座を第1期生として受講し、今年2月に修了。2016年3月よりTOKYO CITY F.C.の監督に就任。


■選手権出場を夢見た高校時代

――簡単な略歴を教えてください。

岩手県大船渡市に生まれ、父親がスポーツ少年団でサッカーを教えていたこともあり、小学3年生の頃からサッカーを始めました。その後、地元の中学を経て大船渡高校に入学し、選手権で全国大会に出場することを夢見てサッカーをやっていました。残念ながら県大会の決勝で負けたので夢は果たせませんでしたが、大学でもサッカーを続け、金融系のゼミだったこともあり卒業後は銀行に就職しました。


――現役時代はどんな選手だったのでしょうか。

高校1年生まではFWをやっていて、どちらかというと脚の速さやジャンプ力など身体能力を活かすタイプでした。ただ、僕ともう1人の1年生が2トップを組んでいたのですが、ある日監督から「この試合で多く点を取れなかった方をディフェンスに回す」と言われ、僕は2点取ったのですが相手が4点取ってしまい(笑)、高校2年生からディフェンスに回されました。それ以降はずっとセンターバックをやっていました。


――強制的なコンバートは気持ちのいいものではありません。

最初はショックなところがありましたが、自分に合っていたのだと思います。高校3年生の時には岩手県選抜にも選ばれて、国体にも出られましたし。


■「一生後悔する」と考え、半年間ロンドンへ

――銀行には37歳まで勤め、その後サッカー界への転身を志されています。何かきっかけはあったのでしょうか。

ずっと心のどこかで「サッカーに携わりたい」という気持ちを持ちながら仕事をしてきた中で、37歳のときに「このタイミングを逃したら一生チャレンジ出来ないだろうし、一生後悔する」と考え、大きな決断をすることにしました。


――その一歩目としてどのようなことをされたのでしょうか。

会社を辞め、半年間ロンドンに行ってFAのコーチングライセンスを取りました。というのも、銀行に勤めていたこともありビジネス的な要素はある程度備わっていましたが、サッカーの指導や育成等、現場の知識・資格もあった方が後々のキャリアにとっては良いのかなと。


――そこでロンドンを選んだのはなぜでしょうか。

プレミアリーグが好きだったのと、英語圏なので、サッカーの仕事をするにしろ何をするにしろ英語を身に付ければ役に立つだろうな、と思いロンドンに行きました。


――FAのコーチングライセンスはどんな特徴があるのでしょうか。

昔の日本のような「ああしろ、こうしろ」というような一方通行の指導法ではなく、選手により自分で考えさせるやり方なのかなと思います。また、日本ではよく基礎練習を行いますが、向こうではそれがほとんどなかったというのは印象的でしたね。普段の試合中に手でボールを持って投げることなんてないという発想から来ているのではないでしょうか。

そういった実践に即した練習法という考え方がベースとしてまずあって、「ここはこうしろ、ああしろ」という様な教え方ではなく「この場面だと、今何が見える?」「そう、スペースがあるよね」「この場面でどうすればいいかな?」とか。要は「そこ空いているからそこへ行け」ではなくて、ちゃんと今の状況を自分自身で考えさせて、どういった行動をとれるかという判断を導くような教え方。そんな印象があります。


■念願のサッカー界へ

――ロンドンから帰国後は念願のサッカー界に入ることが出来ました。

当時、恩師がJリーグを目指すサッカークラブの非常勤取締役をやっていて、声を掛けてもらったのがきっかけです。そこでは一年弱仕事をさせてもらっていたのですが、諸事情あって今は東京に戻り再度金融の世界で働いています。とはいえ、やはりサッカーには携わりたかったので、いいタイミングでスタートしたJリーグヒューマンキャピタル(JHC, Jリーグと立命館大学が提携して行っているプロスポーツクラブ経営人材開発講座)を今年の2月までの10ヶ月間受講していました。


――JHCを受講してみて良かったことは何ですか。

一番良かったなと思っているのは、仲間と知り合えたことです。日本サッカーのために頑張っていこう、という同じ志を持った同志が集まっていたので、常にお互いを刺激し合うことが出来ました。また、川淵(三郎)さんや岡田(武史)さんなどトップの人の話を聴けたのも凄く貴重な経験でした。僕としては岡田さんの話が一番印象に残っています。最近の(岡田氏がオーナーを務めている)FC今治の話で言うと、あの人は今治をアジアを代表するようなクラブにしようと本気で思ってやっている。普通に考えたら今治のような小さなクラブがアジアのトップに立つなんて難しいことですが、本当にトップのトップになる人は、「高い志」を持ち且つそれをやり遂げようという「覚悟」を持ってやっているのだな、ということを話の節々に感じました。それが一番印象に残っています。



■気概を感じ、CITYの監督に

――ではここからCITYの話に入っていきたいと思うのですが、CITYの監督になった経緯を教えてください。

ロンドンにいた時に畑間くん(#63畑間直英)と知り合って、それからずっと連絡先を知っていたのですが、たまたまJHCのメンバーでフットサルをする際に人数の穴埋めとして来てもらって。それが昨年の12月で、久しぶりの再会でした。その帰り際にCITYの話をされて「来季の監督を探しているんですが、興味ありませんか?」と聞かれたので「そりゃ興味はあるね」と(笑)。


――そこからどうして監督を引き受けようと思ったのですか。

今の風潮として、若者は「元気がない」「頼りがいがない」と言われている印象がありますが、畑間くんや代表の山内くんの話を聴いたりホームページを見たりしたところ、既成のものと違ったものをやろう、という気概を感じたことが大きかったと思います。Jリーグの理念で言うと、地域があって、地域のためにクラブが存在すると。それはそれで正しいし、そうあるべきだとは思いますが、全然違うのがあっても面白いかなと。そういったところで自分がお役に立てるのであれば嬉しいと思い、監督を引き受けることにしました。


――先日、監督に就任されて初めての練習を実施しましたが、印象としてはいかがですか。

リーグのレベルをきちんと把握しているわけではないですが、東京都リーグ2部に上がれるだけのスキルを持った選手たちが集まっているなと感じました。若くて元気も良いし、今後がすごく楽しみです。


■チームのために走れる選手が重要

――影響を受けている指導者はいますか。

影響を受けているというか、好きなのは(ジョゼ・)モウリーニョですね。よくバルサのサッカーと比較されて「面白くない」と言われたりしますが、僕としては特にそうは感じていません。今でも覚えているのが2004-05シーズンのチェルシー対バルセロナ(UCL決勝トーナメント1回戦2ndレグ。1stレグは2-1でバルセロナが勝利)です。当時モウリーニョが率いていたチェルシーが、前半早々に3点取ったシーンが強烈に印象に残っています。その後2点返されましたが、後半に(ジョン・)テリーがヘディングを決めてチェルシーが勝ちました。彼のサッカーって、合理的というか効率的というか、面白くないと言えば面白くないのかも知れないですが、縦に速いしダイナミズムも感じるので好きです。あとは何といってもあのキャラクターですね。


――ということは、CITYでもモウリーニョのようなサッカーを目指すのでしょうか。

まずは選手ありきだとは思いますが、何度か試合を観た中で守備が課題かなと思ったので、しっかり守備から入る必要があるのだろうと思っています。あとは、攻守の切り替えが少し遅い部分があったのでそのあたりを意識しつつ、テクニックのある選手よりチームのためにハードワークできる選手を活かしたいです。サッカーチームも組織なので、個々が組織のためにどれだけ貢献できるかが重要ですから。先日、川崎対湘南(4-4の引き分け)を見たのですが、湘南のFWなんかすごく走りますからね。結局4点取られましたが、彼らのようにチームのために走れる、貢献できるというのが重要だと思います。


――最後に、監督としてのCITYでの目標を聞かせてください。

チーム自体はトントン拍子で上がってきているので、今年もその流れに乗って東京都リーグ2部への昇格が目標です。あとは一体感を持ってやりたいというのがあります。勝たなければいけないというのはもちろんありますが、それだけでは雰囲気を壊してしまう可能性もありますし。選手たちには疑問に思うことや不満に思うことがあれば何でも言って欲しいと思っています。そうやってコミュニケーションをどんどん取っていくことが、チームを一つにしていくために欠かせないことだと思います。それからCITYの知名度を上げていくという面で、サッカー界における人脈などを活用しながら、ピッチ外でもお役に立てることがあれば積極的に取り組んでいきたいと思っています。