News

最新ニュース


2016.01.28
Interview

「シティは"家族"」 ― 大木将之退団インタビュー

Image title

 TOKYO CITY F.C.が設立されて2年を迎えようとしている。


 これまでシティが獲得したタイトルは、世田谷区4部リーグ、コパ・セタガヤ、東京都社会人サッカーリーグ4部の3つ。これらすべての大会で常にシティの最後尾を支えていた選手こそ、 #1大木将之であった。試合中の適切な状況判断とコーチング、「やられた」と誰もが思ったシュートにも反応してしまう反射神経、そして強烈な闘争心とリーダーシップ。彼がいたからこそ、今のシティは存在すると言えよう。


 そんなクラブ創設時からシティを支えてきた大木は、生活の拠点を故郷・京都へ移すため2015年シーズンをもってシティを退団する。このインタビューを通じて、彼のサッカー、そしてシティへの熱い想いを感じてほしい。

Image title

大木将之(おおきまさゆき)。通称”マサ”。1989年7月8日生まれ、175cm/65kg。千葉県私立東京学館浦安高等学校のサッカー部を経て、立教大学に入学。同大学では立教サッカー愛好会でプレーし、新関東リーグ優勝、東西対抗戦優勝で日本一を経験。2014年に初期メンバーとしてTOKYO CITY F.C.に加入すると、GKとして最後尾でシティを支えた。


■川口能活に憧れて

――サッカーを始め、GKというポジションを志したきっかけを教えてください。

 サッカーは10歳から始めて、川口能活に憧れて11歳からGK一筋です。

――シティに入ったきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

 友達とのフットサルがきっかけで、初期メンバーとして活動してきました。


■常に新しいことに挑戦していく”シティカルチャー”

――加入した当初シティの印象はどうでしたか?

 クラブとしてまだカタチになっていなかったので、印象というよりも今後どうしていこうか必死に考えていました。


――その頃と比べてシティというクラブはどのように変化したのでしょうか。

 クラブの地盤が出来てきた気がします。若手が責任を持った行動をとってくれるおかげで、”シティカルチャー”やチームの雰囲気が作られてきました。それが最も変化した部分だと思います。


 併せて実績の面でもコパ・セタガヤ優勝、世田谷区4部リーグ優勝、東京都リーグ4部優勝と、獲得するタイトルが増えてきたことによりチームの一体感や自信が生まれてきているのではないでしょうか。


――具体的に”シティカルチャー”とはどのようなものでしょうか。

 ”シティカルチャー”とは、年齢に関係なく付き合い、協調しながら常に新しいことへ挑戦していく若手の多い組織ならではのもので、今後人数が増えて大規模な組織になったとしても変わらず全員が持ち続けていたい、根づかせたい文化です。


■GK人生のなかで、最も”死守する"に値するゴール

――昨シーズンは全公式戦を通じてわずか1失点と、攻撃的なサッカーを実践しながら堅い守備を実現し、創設1年目にして2つのタイトルを獲得しました。チームが開幕当初から掲げた目標を達成できた要因は何だと思いますか?

 チームの努力の成果だと感じています。この2年間、アツシ(#6江口淳)をはじめとしたDF陣と試行錯誤を繰り返してきました。そのなかでディフェンスラインを高めに保ちつつ、中盤とのバランスを鑑みたポジショニングを見出せたことで、やっと誰が出てもシティらしい戦い方ができるようになってきました。もちろんアタッカーたちの高い位置からのプレッシングやボランチのポジショニング、ベンチからのサポートなど、1失点に抑えられた要因はたくさんあると思います。


――最後尾から見たシティはどんなチームでしたか?

 "GKというポジションの面白さ"になるかと思いますが、シビアなゲームでプレイヤーの人間性がとてもよくわかります。あいつは後半にサボりだしたり、ヘディングが嫌いだから明らかに嫌がったり…。そういう点は、GKの特権として試合中にとても楽しんで見ていました。


 そんなシティですが、試合で最も頑張らなければいけない局面"勝負どころ"で頑張れる選手はとても多いと思います。


 基本的に頑張らないメンバーのいるゴールは通常守る気すら失うのですが、"顔でも体でも投げ出してでも止めてやる"と素直に思えましたし、過去のGK人生のなかでも、最も"死守する"に値するゴールだったと思います。


――シティでは多くのゲームでゴールマウスに立ってきました。その中でどの試合が最も印象に残っていますか?

 2015年の夏、東京都リーグ4部の東京都庁サッカー部との試合です。その試合が事実上最もつらい戦いとなりましたが、なんとか粘り失点を防ぎ切りました。ただ、夏場だったこともあり体力的な消耗も激しいなかでチームの一体感があった、とても大きな意味のある試合だったんじゃないかと思います。

Image title


■誰もが成功イメージを持っているチーム。向上心と人間味

――シティでの一番の思い出は何ですか?

 常に刺激的で有意義な時間だったのでひとつに絞るのは難しいですが…。あえて言うならピッチ外のミーティングでしょうか。「今後どんなクラブにしていくべきか」など、組織としての”TOKYO CITY F.C.”を考える経験は、いま思うととても特異なものだったと思います。通常のアマチュアクラブではここまでマーケティングやブランディングの側面を考えていないのではないでしょうか。そういった意味で、アマチュアながら常に観客やサポーター、スポンサーへの意識が強く、今後の成功イメージを誰もが持っているという、ある種変わったクラブなんだと思います。


――シティに入って良かったことは何ですか?

 心から信頼できるメンバーと出会えたことです。いつでも、どんなときでも、本当に兄弟、家族のような存在と出会える機会は、人生の中でそうありません。みんな一生懸命で、向上心のあるとても人間味のある人材が多いという点も、今後クラブの魅力になっていくと思います。


■シティは”家族”

――クラブ立ち上げからの2年間は大木選手にとってどんな時間でしたか?

 本当にあっという間でしたが、中身の濃い充実した時間になりました。一時退団という形になりますが、チームメイトたちとはもはやサッカーだけでの付き合いでなくなっているので、今後も深く関わっていきたいと思います。


――仕事との両立は大変でしたか?

 両立というよりも、良い意味で混同しようとクラブ内で意識してきたため、苦労というよりも新しい関係が構築されていく感覚や、本業とサッカーとの接点を見つけたときのワクワク感はとても心地の良いものでした。今後もそうであってほしいですね。


――あなたにとってシティとは何ですか?

 ひとこと、”家族”です。


――来年も残留する仲間たち、そして現在入団を考えている選手へのメッセージをお願いします。

 このクラブはどういう志の元にあって、社会に対して何をすべきなのか、そういったミッションや考え方を持って、ただサッカーをするだけではない有意義なクラブにしていってもらえたらと思います。


――今後の抱負を教えてください。

 シティのメンバーらしく、今後も日々挑戦し、絶えず成長していきたいと思います。また、物理的な制約を超えた”新しいチーム像”を提唱できたら。僕の生まれ育った京都で、新しい”シティ”が誕生する…とか(笑)。


――KYOTO CITY F.C.誕生の日も近いですね(笑)。最後に未来へ向けて一言、お願いします。

 Be stoic, for future.

Image title