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2016

クラブ史上初ゴールを決めたのは、俺だ。【#11山内】

左足にミートしたボールの感覚も、突き上げた右拳の余韻も、いまでも鮮明に覚えてる。

2014年4月20日。

あの先制ゴールとともにCITYの歴史は始まった。


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TOKYO CITY F.C. #11 の 山内 一樹です。

CITYの共同立ち上げメンバーで、代表を務めていますが、今日は選手という立場メインでCITYへの想いを書きます。

なかなか、この選手でもあり、代表でもある、という立場は億劫だったんだよね。


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将来自慢してやるって決めてる。

2014年4月20日。

いつの日か、今は想像し得ないような舞台で、強豪相手に戦っているCITYの歴史に残るファーストゴールを決めたのは俺だって。



初年度から2年間、チーム得点王は俺だったって。

3部昇格を決めた試合の、決勝アシストは俺だったって。



▼自己紹介

ほんとにね、楽しかった。

恥ずかしい話ながら、ここまでスポーツに打ち込んだのは生まれて初めて。

強豪校出身のチームメイトには笑われちゃうかもしれないけど、みんなで練習して話し合って、時に笑って、時に悔しがって、ゴールが決まれば、試合に勝てば、最高のハイタッチをして。

当たり前の人にとっては、当たり前のことでも、俺にとってそんな経験をしたのは人生で初めて。

スポーツの仕事をしていて、クラブの代表を務めているけど、実はこんなに本気になってサッカーをしたことなんて無かったんだよ。


◯サッカー歴

・藤の木サッカークラブ(小1から小4)

http://www2.hp-ez.com/hp/fujinokisc79/page1

父親が監督をしていたチームで、コネ?でCFを務める。

母親曰く「あんたがひょろひょろシュート以外決めているのを見たことない」と言われるような、ポジショニングで勝負する天性のゴールゲッター(←)

…以上!

実はサッカー経験って、これしか無くて、中学以降は色んな競技を行ったり来たり。


◯スポーツ歴

・野球部(中学3年間)

・ゴルフ部(高校3年間)

・フットサルサークル(大学4年間)

…以上!

という熱しやすく冷めやすい典型的な"続かない人間"。


※何事も本当に続かなく、付き合っても2ヶ月で別れるなんてざらに。

※ちなみに新卒入社した会社も、2ヶ月で辞めてしまった。ごめんなさい。


中学の野球部は最終的に東京都の私立中学の中で1位になった、まぁまぁ強いチームで、俺は典型的な2番セカンド(元カープの正田みたいな選手だった←古い)だったけど、練習は週に2日のみ。

高校のゴルフ部は関東大会に出るくらい、これもまた強いチームで、俺は全く素養無かった(止まってるボールを打つのは苦手だった←)のだけど、練習は週に1日のみ。

そんなゆるゆる部活だったこともあって、中高時代は「部活」というよりも、「球技大会」や「文化祭」とか、クラスみんなで取り組む、熱くなれるイベントが大好きだった。

中等部から青学に通っていて、エスカレーターで大学まで進むことの出来る恵まれた環境で、文字どおり「ゆとりの中のゆとり」として時間だけは有り余る中で育った。

後に考えると、この時間があったことで、飽きっぽい俺が飽きずに10年以上も携わっているスポーツビジネスという仕事を見付けられたのかもしれないけれど、

こんな、しょっぱすぎる競技歴しか無いから、CITYの仲間とともに過ごした3年間は本当に稀有な経験で、スポーツって本気でやればやるほど楽しいんだと、遅ればせながらも気付かせてくれた貴重な青春の時間だった。



▼仕事と、選手と。

だからこそ、3年目の今季はちょっと、いやだいぶ悔いが残ってる。

全然やり切れてない。未練タラタラ。

今の仕事は「大学スポーツチャンネル」という会社を #17加藤 とともに経営していて、

自分の主な担当領域として「プロスポーツのミレニアルマーケティング」に従事している。

JリーグやBリーグ侍ジャパンといった、リーグ(代表チーム)がお客さんで、ミレニアルズ(若年層)に対してのマーケティングをメイン業務としている。

具体的には、リーグの公式SNSの戦略考えたりとか、会場でのイベント運営したりとか。

 

会社を立ち上げて7年になるけど、おかげさまで特にこの1年は忙しくて、昨年の「ナビスコカップ決勝」から「Jリーグチャンピオンシップ」「Bリーグ開幕」に「侍ジャパン大学代表vs高校代表」と、あっという間の1年間を過ごしてきた。

仕事はめちゃめちゃ楽しくて、成果もめちゃめちゃ上がってきているのだけど、

仕事がうまくいけばいくほど、どうしても土日に現場に出ることが多く(スポーツビジネスを生業としている以上天命だけどね)、

チームとの関わりが減ってしまって、選手として今年は全く活躍出来なかった。



開幕前こそ、「今年もチーム得点王になり、チームMVPになって、俺が都2部に引き上げるんだ」って内心では鼻息荒くいたんだけど、実際今季は1ゴールのみ。

ポジション争いにも完全に負けて、チームに貢献出来なかった。

特にシーズン開幕当初、途中出場で出た試合で俺が点決めてれば昇格出来たかもしれないだけに、余計に悔恨の念にかられる。

昇格の可能性が潰えた6月の東京U23戦。

試合後の円陣で、まっさきに思い浮かんだ感情は「このチームを勝たせてあげたかった」そんな気持ちだった。

自分を信じて、このクラブの可能性を信じて、まだ駆け出しのスタートアップであるこのクラブに集ってくれた。

そんな仲間たちに、もっと高いレベルでサッカーをさせてあげたかったから。

もっと夢に近づきたかったから。


◯仲間たち

#5宮本 #10田口 とともに立ち上げたCITYも時を経て大所帯となってきた。

#9小泉 や #14原田 #39清水 ら大学時代からの友達はもとより、

#6江口 #25酒井 #63畑間 ら優秀な後輩、

選手とは違った立場で支えてくれる(梶原)駿や(畔柳)理恵さん、

東京から離れてもアドバイスをくれる(大木)将や(向山)聖也など

多様な人たちを交えてクラブはどんどん成長していった。



今季「都リーグ2部昇格」を至上命題として、新たな仲間を迎え入れてきた。

#40山田は新宿の西武珈琲で

#50助川は高田馬場のドトールで

#22村本は原宿のカフェmfで、

#70鹿沼は原宿のmfからのロッテリアで

#1福森は表参道のおしゃれなカフェで

#23江徳は新宿の小料理屋で、

#15及川は渋谷の変なカフェで、

#84中野はスカイプで、

#88五十嵐はわざわざオフィスまで来てくれて。


新加入のメンバーには、必ずクラブのビジョンを説明して、一緒にやろうと話をしてきた。もちろん三浦監督にも。

客観的に聞いたら「都リーグ3部のクラブが何言っちゃってるの」とか冷笑されそうな話でも、 誰一人笑うなんてこと無く、むしろ「俺らがやってやろう」と言わんばかりのテンションでみんな仲間に加わってくれた。

そうやって仲間になったメンバーが、一生懸命やって、力の限り戦って。


だからこそ勝たせてあげたかった。


このメンバーでもっとサッカーを続けたかった。


だけど、

同じグループから昇格していった「東京U23」(東京23FCさんのアンダー世代チーム)とは、クラブとしての格が違うことを痛感した。


サポーターの存在・スタッフの存在。

試合内容よりも、試合をとりまく様々な環境要因に、差が出ていた。

自信があった部分で負けた。


そして、同時に選手として自分がクラブを勝たせられる存在でなくなった、とも気付いた試合だった。

そりゃあそうか、この経歴でここまで出来ただけでも有難い。



▼これからのこと

東京U23戦の帰り道。決めていました。

今シーズン限りでユニフォームを脱ぐことを。

「トップチームの選手」として、このクラブでの戦いに今シーズン限りで終止符を打つことを。


正直言って未練タラタラ。

仕事でも、遊びでも、なんでもかんでも、あんまり負けたこととか、挫折したことが無かったから、 今シーズンはショッキングだった。

もっと、やれば、もっと、できる、そう思っていたから。

自分の力で勝たせられると思っていた。

自分がゴール決めれば勝てるものだと。


でも、クラブを勝たせて、前へ向かう方法はそれだけじゃない。

というか、そもそも選手としてこんなに打ち込むことになるとは思っていなかった!
 笑

代表としてオフザピッチの部分からクラブを強くすることが役割なのに!

それもまた人生。それもまた運命。

3年間楽しかったけど、普通の男の子に戻ります。

普通の男の子に戻って、普通じゃないクラブの代表として、クラブをもっと加速させます。


“PLAY new FOOTBALL, PLAY new TOKYO"

このフレーズに込めた思い。

もっと若者たちに刺さるサッカークラブを作りたい。

ピッチ内外の全てがカッコイイと思えるクリエイティブなクラブを。

東京に数多ある遊び(アクティビティ)の中でも、

「FOOTBALLって最高」「TOKYOって最高」と思えるようなエクスペリエンスをCITYと関わる全ての方々と共創していきます。



そう考えると、 この1年間選手としてはからっきしダメだったけど、 仕事において日本プロスポーツの最高峰を経験できたことは本当に大きかったと思う。

これがきっと、CITYの未来のために、いまの自分に与えられたミッションだったと思う。

突如訪れた、選手として打ち込んだ3年間。

それはそれは、楽しい時間だった。

スポーツに関わる身として、CITYの矢面に立つ、先頭に立つ人間として、CITYでの選手としてのプレーは絶対に経験すべき3年間だった。



明日準々決勝がある東京都3部リーグカップ。

トーナメント方式の大会だから負けたら終わり。

選手として最後の試合がいつになるか分からない。

いいね、最後までヒリヒリする。

この感覚が楽しかったんだ。


だけど、最後に悔しい思いのまま終わるのは絶対に嫌なんだ。


明日、勝とう。


リーグカップ絶対に獲ろう。


今年も最後は、笑って終えよう。


2016年11月2日

TOKYO CITY F.C. #11

山内 一樹


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